日本では現在、約47万人もの人々が不妊に悩み苦しんでいる。不妊治療のため多額の治療費と時間と量力をかけても妊娠に至らず断念する夫婦も多い。そんな中理化学研究所が「休眠中の卵胞が目覚める必要条件を発見」と9月6日にネット上に公開した。これまでの研究から休眠中の原始卵胞を活性化すれば不妊治療に効果が出ることは分かっていたがその詳しいことは分かっていなかった。まだ実験室でマウスを使った検証段階ではあるが、詳しい解析が進み近い将来人にも実用化できれば、不妊で悩む夫婦が少なくなるであろう。
2017年12月5日の時事メディカルに、40歳未満の女性が排卵障害によって不妊になる「早発閉経」は、100人に1人が発症するといわれる。これまでは第三者からの卵子提供による体外受精以外に有効な治療法はなかったが、聖マリアンナ医科大学病院(川崎市)生殖医療センターの河村和弘センター長は「新たに開発された卵胞活性化療法(IVA)は、自らの卵子で妊娠できるようにするものです」と話す。
自然には活性化できない原始卵胞を人為的に活性化させるのが、IVAという方法だ。「研究の進展で、PI3K―Akt経路と呼ばれる細胞の成長・生存シグナルに刺激を与えると、原始卵胞が休眠から目覚めることが分かってきたのです」と話す。しかしその具体的な手法は研究段階で十分解明されていなかった。
そこで理化学研究所が「生殖サイクルの中で原始卵胞の活性化はどのように調整されている」かを調べた。理研生命機能科学研究センター個体パターニング研究チームの高瀬比菜子研究員、羽原興子研究パートタイマーらの国際共同研究グループが5月28日に、マウスを用いて卵巣内で休眠状態にある「原始卵胞」が成長するために必要な分子機構を発見したと発表。
研究グループは、さまざまな臓器の発生段階において多岐にわたる機能を発揮する分泌型の糖タンパク質Wntに着目。そこで哺乳類が持つ19種類のWnt遺伝子全ての発現パターンを生後3週齢のマウスで調べたところ、Wnt4、Wnt6、Wnt11が原始卵胞の活性化と同じタイミングで、前顆粒膜細胞および顆粒膜細胞で発現していることを発見した。
前顆粒膜細胞が分泌したWntが自分自身に作用し、その機能と密接に関わっていることから、前顆粒膜細胞の自己分泌により活性化したWntシグナル経路が原始卵胞の活性化に関与している可能性考えられた。そこでWntの分泌に必須のWntless(Wls)遺伝子をつくらないマウスをつくると、マウスは健康に成長したが、卵巣のサイズは小さく、不妊に。また、血液中の卵胞刺激ホルモンの濃度が増加するなど、ヒトの早発卵巣不全患者と類似したホルモン動態も観察された。これにより、前顆粒膜細胞の活性化にはWntシグナルが必要であり、卵母細胞と前顆粒膜細胞の活性化状態に乖離が起きていた。
この研究は、科学雑誌『Development』(5月号)、オンライン版(4月29日付)に掲載された。
ヒトの場合、初潮の頃には卵巣に約30万個の原始卵胞があると考えられており、その中から毎月数百個が目覚め、成熟に向けて成長を始める。途中で成長が止まるものなどもあり、成熟した卵子になって排卵されるのは基本的に毎月1個しかない。
今後は顆粒膜細胞の機能が不十分な場合にはWnt活性化剤を使うなどの実験を繰り返し、卵母細胞と顆粒膜細胞の成長過程をはっきりさせることが重要だ。
現在、不妊治療を受けている患者数は、全体で約47万人、そのうち一般的な不妊治療で約33万人、人工授精で約7万人、体外受精で約7万人と推定されている。この研究が進むことで、不妊治療の負担が減少することを願っている。
参考
休眠中の原始卵胞を活性化 =早発閉経の新治療法「IVA」
https://medical.jiji.com/topics/393
卵巣で休眠状態の原始卵胞、目覚めに必要なシグナル伝達経路を同定-理研ほか
http://www.qlifepro.com/news/20210531/ovarian-folliculogenesis.html
休眠状態の卵胞が目覚めるためのシグナル
https://www.riken.jp/press/2021/20210528_1/index.html
休眠中の卵胞が目覚める必要条件を発見
https://www.riken.jp/pr/closeup/2021/20210906_1/index.html
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