生命の設計図とも呼ばれるヒトの全遺伝情報(ゲノム)の概要が解読されて20年以上になる。1990年にヒトゲノム計画が始まり、様々な生命のゲノムが解読された。現在はハエのゲノムが1万7000個、マウスが2万3000個、ヒトは2万2000個程度と推定されているという。この研究で細胞内の様々な動きが分かってきた。細胞がどのように栄養を取り込みエネルギーに変換する仕組みとホルモンの働きや、老化が起こるメカニズムとそれに関わる遺伝子の特定などができるようになった。
昔から肥満になる主な原因は、「食べすぎ・飲みすぎ・早食い」などの「過栄養」と、摂取した栄養を使わない「運動不足」によって起こるとされている。
WHO(世界保健機関)も、全ての成人に1週間あたり150分以上の中等度の運動、または75分以上の高強度の運動を推奨しており、特に体幹に近い大きな筋群のトレーニングを週2回以上行うことを勧めている。
WHOの統計によると世界では4人に1人の成人、そして5人に4人の青年が十分な運動を行っておらず、そのことによってグローバルで540億米ドルの医療費の増加と、生産性の低下により140億米ドルの損失が発生しているとの試算もある。
また定期的な運動の実施は、心疾患、2型糖尿病、がんなどの予防にもつながり、うつ症状や不安の軽減、認知力低下の防止、記憶力の向上といった効果も見込むことができる。
適度な運動と食事を行っていても肥満になる場合もある。一つは食事の欧米化で脂質や糖質が大量に入っている食事が増えてきたことや、もともと基礎代謝が悪く、筋肉が付きにくい体質の人がいる。日本の20歳以上の男性の3割が肥満と診断され、30歳以上の女性も急増していると言われている。
【厚生労働省】令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf
この薬は米製薬会社イーライリリーが開発する肥満症治療薬であり、食後に血糖値を下げたり、消化に関わる代謝プロセスを調整する作用を持つ。消化管ホルモン「インクレチン」のうち、「GLP-1」(グルカゴン様ペプチド-1)と「GIP」(グリコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)を合成した薬。現在、第3相試験を行っており、肥満もしくは1つ以上の合併症を持つ過体重の成人2539人を対象に、「チルゼパチド」の有効性と安全性を評価した。
被験者はカロリーを控えた食事と身体活動レベル向上のためのサポートを受けながら、偽薬(患者を安心させたり新薬の効果を調べたりするのに使う、本当の成分を含まないが外見では見分けられない薬剤【プラシーボ】)と「チルゼパチド」5ミリグラム、10ミリグラム、15ミリグラムのいずれかを72週にわたって投与する治験を行った。
その結果、「チルゼパチド」15ミリグラムを投与された人の体重は平均22.5%(24キロ)減少し、10ミリグラムで平均21.4%(22キロ)、5ミリグラムでは平均16.0%(16キロ)減少した。一方、偽薬を投与された人の体重は平均2.4%(2キロ)減にとどまったという。
すでに肥満症治療薬として承認されている「インクレチン」をベースとした他の治療法と「チルゼパチド」を比較しても、安全性や忍容性は同様であったといわれている。
米製薬会社イーライリリーは、第3相試験の結果を引き続き分析し、今後、医学会議で発表するほか、査読付き学術雑誌にも投稿する方針だという。
肥満予防・治療の専門家のスコット・カーン医学博士は、医療専門オンラインメディア「ヒーリオ」に対し「これは予備的データではあるものの、減量手術と同等の体重減少を薬によって示したものだ」「糖尿病の改善や予防、長期的な心血管系の改善など、他の代謝上の効果ももたらす可能性がある」とのコメントを語った。
ヒトは加齢により細胞の機能は低下し、ゲノムに老化の痕跡(シワや皮膚のたるみほか)を蓄積させていく。しかし特定の幹細胞を初期化することで、皮膚線維芽細胞の特徴的なマーカーを回復させ、コラーゲン産生させることに成功したという。そして初期化された皮膚線維芽細胞は30年若い細胞のプロファイルと一致しており、実験室内ではあるが細胞の若返りに成功したといえる状態になった。
この幹細胞は、京都大学の山中伸弥教授らの研究チームが2007年に特定の機能を持つ正常な細胞をあらゆる種の細胞に成長できる能力を備えた幹細胞(iPS細胞)に変えることに初めて成功させたもの。
【発表内容】Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors
初期化を誘導する因子として「Oct3/4」「Sox2」「Klf4」「c-Myc」の4つの分子が特定され、これらは「山中因子」と呼ばれる。「山中因子」を用いた幹細胞への初期化には約50日かかり、初期化すると細胞は未分化な状態に戻り、特定の機能を喪失してしまう。
英バブラハム研究所の研究チームは、この手法をベースとしながら、プロセスの途中で初期化を停止することで細胞の特定の機能を喪失させない「MPTR法」を開発した。この研究成果は2022年4月8日付オープンアクセス誌「イーライフ」で発表されている。
【発表内容】Multi-omic rejuvenation of human cells by maturation phase transient reprogramming
中年のドナーの皮膚線維芽細胞に「山中因子」を13日だけ作用させたところ、加齢に伴う変化が取り除かれ、特定の機能は一時的に喪失した。この細胞に通常の条件下で増殖する時間を与えて、皮膚細胞に特有の機能が回復するかどうか観察した。その結果、ゲノム解析では皮膚線維芽細胞の特徴的なマーカーを回復していることが示され、この細胞のコラーゲン産生も確認された。
しかし細胞の一過性の初期化に成功したメカニズムについてはまだ完全に解明されていない。研究チームでは「細胞の特徴の形成に関与するゲノムの重要な領域が初期化のプロセスから逃れるのかもしれない」と推測している。
【発表内容】A jump through time – new technique rewinds the age of skin cells by 30 years
バブラハム研究所のディルジット・ジル博士はこれらの結果から、「細胞はその機能を失わずに若返ることができ、若返りによって古い細胞の機能を回復させているようだ」と結論している。
また、米アルトスラボに所属する責任著者のウルフ・レイク博士は「いずれは初期化せずに若返らせる遺伝子を特定し、これを標的にすることで、老化の影響を軽減できるようになるかもしれない」と期待を寄せているという。
ヒトの細胞内で起こっている現象を十分に解明されてはいないが、遺伝子研究がさらに進めば本当に若返ることができるかも知れない。
参考
世界保健機関による新たなガイドライン「身体活動および座位行動に関するガイドライン」について
https://www.ssf.or.jp/ssf_eyes/sport_topics/who2020.html
【テルモ】糖尿病と肥満をよく知ろう
https://mds.terumo.co.jp/diabetes/symptom/article01.html
開発中の肥満症治療薬が20%以上の減量に効果を示す
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2022/05/20-106.php
ヒトの皮膚細胞を30年若返らせることに成功
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2022/04/30-61_1.php
デュアルGIP/GLP-1受容体作動薬「チルゼパチド」の2型糖尿病対象の第3相試験 HbA1cおよび体重減少の優越性を示す 低血糖は認められず
https://dm-rg.net/news/3ffbb663-6d5a-45e9-9258-eb5a6e7aa137
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