昆虫は注射1本、植物はスプレーで遺伝子改変が可能になる技術が確立される

テクノロジー

地球上にいるほとんど全ての生命(一部のウイルスを除く)はDNAからなるゲノムを持ち、35億年前に出現した生命から進化した、いわゆる「親戚」のような関係にある。
ゲノムDNAの数はそれぞれの生物で違うが、酵母や大腸菌といった単細胞生物から、稲や樹木、昆虫やヒトに至るまで、みなDNAをもとに生命活動を行っていることから、ゲノム遺伝子を調べ、組み替えることで病気の治療や収量アップを図ることができる。



日本でも京都大学とスペインの進化生物学研究所との共同研究で、昆虫の遺伝子を容易に改変できるゲノム編集の新手法を開発し、理化学研究所・京都大学・宇都宮大学・東京大学・科学技術振興機構の共同研究チームは、スプレーで噴霧することで、植物を簡便に改変する手法の開発に成功している。

昆虫の遺伝子をデザインする

2022年5月16日、京都大学とスペインの進化生物学研究所との共同研究チームは、成虫に試薬を注射するだけで、生まれてくる子の遺伝子を改変し、昆虫食などの人類に有益な機能をデザインする手法を米科学誌「セル・リポーツ・メソッズ」に掲載した。理論上、100万種を超える昆虫のほぼ全てに応用できるという。



これまでの一般的な昆虫のゲノム編集は、受精卵に試薬を注入する必要があり、高価な機材や高度な技術が必要であった。また硬い殻に包まれている卵やサイズが小さい卵を持つ昆虫などは、編集自体が難しく研究が進みにくい理由の一つでもあった。
今回の手法はゲノム編集用の物質を成虫の卵巣近くに注入するだけで特別な技術を必要とせずゲノム編集ができる。昆虫の卵には卵黄を取り込む「卵黄形成期」と呼ばれる時期があり、この時期に試薬を注入することで、昆虫の体液とともに成虫の全身を循環し卵母細胞に取り込まれ、卵の遺伝子を改変する。

実験では、チャバネゴキブリの雌7匹に注入すると、生まれてきた244匹のうち、約2割にあたる55匹の遺伝子が改変され、コクヌストモドキも生まれた卵の約半数の遺伝子が改変されていたという。
この技術を活用すれば、カイコがつくる生糸やミツバチのつくる蜂蜜の性質を変え、より有用な物質を作らせることができる。また昆虫食に適した昆虫を大量生産させたり、蚊などの性質を変えて病原体を媒介しないようにさせたりするなど、応用範囲は広い。

スプレーで植物に噴霧することで改変

2022年2月23日、理化学研究所・京都大学・宇都宮大学・東京大学・科学技術振興機構の共同研究チームは、スプレーで核酸を噴霧することで、植物を簡便に改変する手法の開発に成功し、科学雑誌「ACS Nano」へ掲載した。



この手法は遺伝子組換えを行わず農作物を一過的にその形質を改変するもので、耐病原性の機能を付与したり、代謝産物の改変を行ったりするのに貢献すると期待されている。
何といってもこの手法は導入が簡単であること。これまで「遺伝子組み換え」では、植物細胞に組み込むため成長に時間とコストがかかっていた。さらに人体や環境へ安全を担保するため、限られた場所で外部に流出しないよう作業が行われていた。

今回、共同研究チームは、「細胞透過性ペプチド(CPP)」を基盤としたナノサイズの担体を用い、それをスプレーで噴霧することで、核酸を植物へ導入する。これにより植物細胞内や葉緑体内で、一時的にたんぱく質を産生させたり抑制させたり出来る事を確認できたという。
この技術を応用すれば、植物の成長過程の一時期だけ農薬の耐性を持たせたり、実のなる時期に効率的な成長をさせたりするなど、様々な案が考えられている。

おわりに

植物ミトコンドリアの中にカーボンナノチューブで遺伝子を送り込む手法を、理化学研究所・京都大学・宇都宮大学・九州大学・科学技術振興機構の共同研究チームが成功させている。動物や植物の中にあるミトコンドリアは、物質やエネルギー生産の中心を担っている器官。ミトコンドリアが活性化すれば、細胞のエネルギー活動が活発になり、医薬品やバイオ燃料などさまざまな有用物質を生産させることができるといわれている。



このように遺伝子を改変することで特定の機能を向上させることができる。しかし遺伝子を改変させることは、思いも寄らない生物を生み出しかねない危険な技術でもあることを忘れてはいけない。

参考
昆虫の遺伝子、注射1本で容易に改変 機能デザイン可能に 京大
https://mainichi.jp/articles/20220516/k00/00m/040/039000c
昆虫を注射1本でゲノム編集 安価・容易に品種改良
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC127H90S2A510C2000000/
スプレーで植物を改変-簡便な非遺伝子組換え植物改変法の開発-
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20220223-2/index.html
https://www.riken.jp/press/2022/20220223_1/index.html
カーボンナノチューブで植物に遺伝子を送り込む-植物ミトコンドリアの効率的な遺伝子改変が可能に-
https://www.riken.jp/press/2022/20220516_2/index.html
ヒト・ゲノム解析の背景
https://www.kanehisa.jp/documents/brochure/japanese/QA.html

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