これまでもNMNの研究はいくつも論文が出ているが、このほど抗老化研究の第一人者、米国ワシントン大学医学部発生生物学部門・医学部門の今井眞一郎教授を中心とするグループが、ヒトに応用した研究結果を23日、米科学誌サイエンスに発表した。
【既出記事】本当にあった夢の若返りに関わる物質「NMN」やNAD合成系酵素「eNAMPT」
抗老化成分NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)は、ビタミンB3からつくられ、ブロッコリーやアボカド、トマトなどにも微量に含まれる食品成分。米国や中国、日本の富裕層を中心に、老化を遅らせ、実年齢よりも身体機能を若く保つことが期待できるサプリメントとして人気を呼んでいる。NMNブームに火がついたのは、米国ワシントン大学の今井眞一郎教授(神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センター・老化機構研究部特任部長を兼任)の研究だ。
酵母から人間まで、体内にあるサーチュインという酵素が、活性化することで老化を遅らせたり寿命を延ばしたりする老化・寿命制御因子であることを発見した。
NMNを飲むと、すぐにNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)という、私たちが生きていくうえで欠かせない補酵素に変換され、サーチュイン(酵素)の働きが活性化される。サーチュインは老化や寿命をコントロールする酵素で、その遺伝子は長寿遺伝子とも呼ばれている。哺乳類にはSIRT1(サーティワン)から7まで7種類のサーチュインがあるが、特に重要なのがサーティワン。サーティワンは血糖値を下げるインスリンの分泌を促進し、糖や脂肪の代謝を良くしたり、神経細胞を守り記憶や行動を制御するなど、老化や寿命のコントロールに非常に重要な役割を果たしている。
その働きを解明するために、マウスの実験で、脳の司令塔である視床下部でサーティワンの機能を高めたところ、老化によって増える症状や病気の発症時期が遅くなり、メスでは16.4%、オスでは9.1%健康寿命が延びた。さらに人間の60代に相当する17~18カ月齢のマウスの脳の視床下部でサーティワンを高めると、3~4カ月齢(人間の20代相当)の若いマウス並みに元気に動き回るようになり、体温が上がり代謝も高まった。
ワシントン大学では現在ひとによる研究結果をまとめている段階にきている。研究では、糖尿病予備群で肥満かつ閉経後の女性(55~75歳)25人を対象にした第1次臨床試験を実施。被験者を2つのグループに分け、NMNかプラセボ(偽薬)を1日250mg 10週間投与し、体の代謝、心臓や血管の状態に関係のある検査数値がどのように変化したかを重点的に調べる高度な解析を行った。人の場合は、マウスと違って寿命が長いため、心臓や血管の状態を見る数値が、抗老化効果を見る指標にもなる。最初の臨床試験の結果を受けて、第2次の臨床試験も2020年10月からスタートしており、今回は男性も対象にして人数を増やし、糖尿病予備群で肥満の男女56人を対象に被験者を募集している。
マウスの研究からメスのほうがNMNの効果が高いことが分かっている。その要因と考えられることとして、私たちが体の中でNADを合成するためにはNAMPT(ニコチンアミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ)という酵素が必要で、そのうち血液の中を巡っているNAMPTをeNAMPT(細胞外に分泌されるNAMPT)の量は、マウスのメスではオスの2~3倍多いことが分かっている。つまり、メスは何らかの理由で大量のeNAMPTとNADを必要としていて、加齢に伴ってそれらが下がったときに、NMNを補充してNADを若いときに近い水準に戻すと、劇的な効果をもたらすのではないかと推測されている。ヒトに対する効果にも性差があるかは、男性も対象にしている第2次の臨床試験の結果を分析することで発揮琉すると考えられる。
人間の20~30代に相当する若い健康体のマウスにNMNを飲ませても特に大きな変化はなく、40~50代に相当する中高年になってから非投与群との差が出始めている。またヒトの70代くらいに相当するマウスにNMNを飲ませても身体活動が高まるなどの効果が見られているため、人の場合でも高齢者が飲むほうが老化制御効果が期待できる。
NMNのサプリメントはかなり高価であり、様々な代替品が出ているが注すべき点も多い。
NMNはビタミンB3(ナイアシン)からつくられている。しかしナイアシンの大量摂取は、肝臓障害を起こしたり、膵臓から分泌されるインスリンの効きが悪くなったりする副作用が出る。またNMNも腸内細菌で分解されるが、NMNを速やかに体に取り込むトランスポーター(運び屋)となるタンパク質が備わっており、口からNMNが入ると速やかに血中に取り込んでNADに変換する。
NR(ニコチンアミドリボシド)も人気だが、NRは口から摂るとほぼ100%腸内細菌で分解されてしまうので、サーチュインを活性化するところまで至らない可能性が高い。
NMNで最大寿命が延びるかどうかはまだ分かっていないが、少なくとも健康寿命は延ばせるのではないかと考えられている。死ぬ直前まで健康を保って人生を楽しみ、生産性を維持し社会に貢献し続けながら年を重ねる、いわゆる「ピンピンコロリ」がNMNで実現できるかもしれない。
参考:
老化を遅らせ、元気続く 最新研究が示す抗老化物質
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO68477800V20C21A1000000/
世界初 抗老化候補物質NMNを、ヒトに安全に投与できることが明らかに
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2020/1/21/200121-1.pdf
アンチエイジング物質の効率的なスクリーニング方法
https://shingi.jst.go.jp/past_abst/abst/p/10/1049/9oB04.pdf
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