iPS細胞を使った脊髄損傷患者へ臨床研究に「安全性の問題なし」との評価 4月に2例目を行う予定

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2022年1月14日、慶応義塾大学の岡野栄之教授(生理学)と中村雅也教授(整形外科学)を中心とした研究チームは、1例目のiPS細胞から作った細胞を脊髄損傷の患者に移植する世界初の手術を行い成功したと発表。独立した専門家の委員会が現時点で安全性に問題はないと評価したことが3月30日分かった。研究チームは、2例目の患者候補の受け付けを4月から始める。

新型コロナで研究開始が遅れていた

今回の研究は「亜急性期脊髄損傷に対するiPS細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療」を目的とし、細胞移植の安全性評価を行うこと。
臨床研究の計画は2019年2月に厚生労働省の専門部会で了承され、2020年12月から臨床研究を開始したが、新型コロナウィルス流行の影響で募集を中断。1例目の手術は2021年12月に慶應義塾大学病院内で実施し、経過観察が行われた。



手術は全身麻酔のもと、背中側から損傷した脊髄を切開して損傷脊髄を露出し、約200万個(細胞懸濁液の液量として20μℓ)のヒトiPS細胞由来神経前駆細胞を損傷の中心部に移植した。手術時間は約4時間で終わり、この手術は世界で初めて実施された。今後あと3回行われる予定だという。

大学・医療センター・製薬企業と連携

今回の研究では大学・医療センター・製薬企業との相互連携で研究体制が組まれていること。
使われたiPS細胞は京都大学iPS研究所(CiRA)から供給され、慶応義塾大学がiPS-NPCの有効性・安全評価をするのと平行して、大阪医療センターとも情報共有を行う。さらに大日本住友製薬とは治験に向けた細胞製造および細胞バンク化のための情報共有。

大阪医療センターから治験体制の支援が行なわれ、手術後は村山医療センターと連携し、脊髄患者の初期治療とリハビリの実施および安全性と有効性の評価を行う。今回の臨床研究は、患者の社会復帰までを目指したもので、実用化されると全国の医療機関でもスムーズに活用できるものを目指している。

脊髄損傷とは

外傷などにより脊椎(骨)に囲まれている脊髄(神経)が損傷すること。脊髄は脳と接続しており、脳幹を通じて脳から伝達された指令を手や足に伝達する役割と、手や足からの情報を脳に伝達する役割を担っている。脊髄が損傷すると信号伝達がうまく伝わらず、手足の運動、感覚の麻痺や自律神経障害が起き、手足や体が動かせなくなる。日本では約10万人以上の脊髄損傷患者がおり、スポーツ中のけがや交通事故、転倒などの様々な原因で毎年約4000-5000人の患者が新たに発生している。



現在、有効な治療法が存在しないため、リハビリテーションなどで、残存機能を向上させ改善をはかるしかない。このような状況を打破するためにも、安全に損傷した脊髄の再生をめざす研究が求められてきた。

「亜急性期」の患者に対する治験

臨床研究の対象となるのは、脊髄が損傷してから2~4週間経過し、運動と感覚が完全にまひした「亜急性期」の患者に、京都大学iPS細胞研究所が第三者の細胞から作って保管しているiPS細胞を利用した。iPS細胞から神経のもとになる細胞(神経前駆細胞)を作製して凍結保存しておき、患者1人当たり200万個の細胞を脊髄の損傷部に注射で移植する。患者本人のものではなく他人の細胞を移植するため、拒絶反応を抑える免疫抑制剤を使うという。

まずは最小限の数の細胞を移植し、安全性を中心に検証し、その後、細胞数を増やした場合の有効性や、脊髄の損傷から時間がたった慢性期の患者に対する安全性や有効性を調べるための臨床試験(治験)などの実施も検討することになっている。

第三者機関の判断

手術が昨年12月に行われて3ヶ月経ち、第1症例目への移植後約3か月目までのデータをもとに独立データモニタリング委員会が開かれ、治療開始後の安全性を評価を行った。
この独立データモニタリング委員会とは、臨床試験の評価に必要とされる専門性を有する委員から構成され、試験実施中の中間データについて中立的な立場で評価を行う組織。



研究グループからは独立した組織であり、研究グループに対し、研究参加者の安全性の確保ならびに臨床研究実施の倫理的および科学的妥当性の確保のために適切な助言・勧告を行う。この委員会が3月30日までに開催され「安全性に問題はない」と評価した。

おわりに

この治療法が確立できれば、脊髄が損傷してから2~4週間という初期の段階での手術で機能回復が図れる望みが高まる。患者にとって生きる励みとなるに違いない。さらに脊髄だけでなく手足や体の神経細胞損傷にも生かすことができるのではないだろうか。そうなれば、様々な場面での応用が期待され、患者の希望も膨らんでくる。
研究チームは「大きな1歩だが、実用化には少なくとも3~5年かかる」と説明している。今後の研究が順調に進むことを切に願う。

参考
【村山医療センター】トピック
https://www.murayama-hosp.jp/topics/20220114.html
【日本医療研究開発機構】プレリリース
「亜急性期脊髄損傷に対するiPS細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療」の臨床研究について(第1症例目への細胞移植実施)
https://www.amed.go.jp/news/release_20220114.html
慶応大学、脊髄損傷にiPS初移植 治療法に高まる期待
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC136K00T10C22A1000000/
脊髄損傷、iPS移植開始 世界初の治療、経過良好―慶大
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022011400563&g=soc
iPS脊髄損傷治療の安全性問題なしと評価
https://news.yahoo.co.jp/articles/01f3a2d161fdf3cbcf501f53fbe70774b28836ae
安全性問題なし、2例目へ iPS脊髄損傷の臨床研究
https://kahoku.news/articles/knp2022033001001014.html

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