ips細胞を活用した治療で続々と新しい治療法が開発される 活用の大きな壁ががん化と高コスト

科学

ips細胞を使った難病の治療法が続々と開発され、研究レベルから実用レベルになってきている。治療に使えるまでips細胞を培養しようとすると避けられないのが、細胞分化を促進させるために無限増殖性を持たせた人工細胞特有のがん化性と、研究センターがGMP基準のcell processing centerにかかる維持費が年間数千万円、毎回患者本人の細胞からつくるiPS細胞などのコスト、培養にかかる2ヶ月という時間などが問題となっている。しかしこれだけのリスクやコストをかけてもこれを上回るメリットがips細胞にはある。

ips細胞とは

人工多能性幹細胞(じんこうたのうせいかんさいぼう、英: induced pluripotent stem cells)は、体細胞へ4種類の遺伝子を導入することにより、ES細胞(胚性幹細胞)のように非常に多くの細胞に分化できる分化万能性 (pluripotency)と、分裂増殖を経てもそれを維持できる自己複製能を持たせた細胞のこと。



山中伸弥教授率いる京都大学の研究グループが、2006年(平成18年)にマウスの線維芽細胞(皮膚細胞)から初めてつくった。
iPS細胞の名前は、命名者の山中教授が当時世界的に大流行していた米Appleの携帯音楽プレーヤーである『iPod』のように普及してほしいとの願いを込めて命名したという。

加速する活用

ips細胞を使ってこれまでも様々な治療が行われている。2017年3月に発表された「加齢黄斑変性に対する自己iPS細胞由来網膜色素上皮シート移植」は大きなニュースとなった。その後も続々と研究段階から治験段階へ進んでいる。

iPS細胞から作った免疫細胞 がん新治療法

2021年11月11日に、iPS細胞から作り出した特殊な免疫細胞でがんを攻撃する治療法を、国立がん研究センターと京都大学のグループが治験を開始したと発表した。
治験では、卵巣がんが腹部に転移し、手術ができない状態の患者最大18人が対象。免疫細胞を週に1度、最大で4回投与して安全性や効果を調べる。治験に先立ち2021年9月に50代の女性患者1人に3回の投与を行い、これまでのところ異常はみられないという。



治験で使われるiPS細胞は、ヒトのiPS細胞に一部の卵巣がんに特有のたんぱく質への反応が高まる遺伝子を導入した免疫細胞「NK細胞」を作成し卵巣がん患者に投与。この「NK細胞」は卵巣がんのがん細胞を効率よく攻撃し、正常な細胞は攻撃しにくいことから、副作用が出にくくなることが期待されている。今回の治験は初期段階で、安全性を確認するのが主な目的。期間は2024年3月までを予定しており、チームは数年以内の実用化を目指している。

期待が高まる脊髄損傷にiPS初移植

慶応義塾大学の岡野栄之教授、中村雅也教授らが2022年1月14日に、iPS細胞から作った神経細胞を脊髄損傷の患者に移植する世界初の手術を行ったと発表した。治療経過は順調で、今後計4人に移植する臨床研究の1例目。今後1年かけて安全性や有効性を検証するという。
移植の対象は、事故などで運動や感覚の機能が失われた「完全まひ」という最も重い患者。脊髄損傷から2~4週間の「亜急性期」の患者に、京都大iPS細胞研究財団が備蓄している他人のiPS細胞を使い、神経細胞のもととなる細胞約200万個が入った液体20マイクロリットルを損傷部位に移植した。手術は約4時間で終わったという。



現在脊髄損傷患者は、リハビリ以外に有効な治療法は確立していない。移植したips細胞には、損傷した神経回路の修復や脳からの信号を伝える組織の再生効果があると考えられている。
術後3カ月間のデータを踏まえ、独立したモニタリング委員会が安全性を評価する。委員会が計画の継続を妥当と判断すれば、チームは2人目以降の手術を実施するという。
脊髄損傷の国内の新規患者は年約5千人、全国では10万人以上の患者がいるという。この再生医療が実現すれば、神経損傷の患者に対して有効な治療法となることが期待される。
脊髄損傷の臨床研究の計画は2019年2月に厚生労働省の専門部会で了承されたが、新型コロナウイルス感染症の対応などでこれまで研究開始が遅れていた。

治療コストの大幅削減の可能性

治療のコストと時間を節約するために、現在は他人由来のips細胞の活用が行われているが、誰もが自分由来のips細胞を使える可能性が出てきた。2022年1月7日に、京都大ips細胞研究所の斉藤博英教授らのチームが、再生医療で移植に使える細胞かどうかを迅速かつ安全に選別する方法を開発したと発表。1人当たり数千万円以上かかるとされるips細胞(人工多能性幹細胞)を使った治療コストを大幅に減らせる可能性があるという。論文が2022年1月6日の米オンライン科学誌サイエンス・アドバンシズに掲載された。
斉藤教授らは、細胞の種類によって配列の異なるmRNA(マイクロRNA)が存在することに着目し、がん細胞のmRNAだけに反応して死滅するように細工した2種類のmRNAを、培養したips細胞に振りかけ数時間培養した。するとがん細胞だけ死滅し、正常な細胞だけ残すことができたという。



これまでは、1台数千万円以上する特殊な装置を使い、細胞1個1個にレーザーを照射して見分けていたため、1回の移植に使うips細胞を選別するだけで1~3日の時間がかかっていた。
今回の方法は、レーザー装置を使った場合とほぼ同等の95~98%の精度で正常な細胞を選別できた。振りかけたmRNAは、細胞の中で速やかに分解されるので安全性も高いという。
mRNAは、新型コロナワクチンでも使われているように比較的短時間で作成が可能で、安全性も高いという特徴を持っている。
この技術を使うことで移植するips細胞の選別が簡単に低コストでできることで、ますますips細胞が活用されることが大いに期待できる。しかしips細胞はどんな細胞にも変化させることができるため、今は許されていない技術にも使える。今後も倫理的に正しく、有効な技術開発が進むことを願っている。

参考
加齢黄斑変性に対する自己iPS細胞由来網膜色素上皮シート移植-安全性検証のための臨床研究結果を論文発表-
https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/170316-060000.html
iPS細胞から作った免疫細胞 がん新治療法の治験開始
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211111/k10013344201000.html
iPS、がん免疫治療の治験開始
https://nordot.app/831461724387688448
慶応大学、脊髄損傷にiPS初移植 治療法に高まる期待
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC136K00T10C22A1000000/
iPS細胞で世界初の脊髄損傷治療 慶応大チーム実施、経過良好
https://mainichi.jp/articles/20220114/k00/00m/040/085000c
iPS細胞からつくった細胞、脊髄損傷患者に移植 世界初 慶大
https://www.asahi.com/articles/ASQ1G34F8Q1FULBJ001.html
iPS治療コスト、大幅削減の可能性…コロナワクチンにも使用のmRNA活用
https://www.yomiuri.co.jp/medical/20220107-OYT1T50064/
iPSで安くがん治療 免疫療法の費用9割減、米社が治験
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF03B7C0T00C21A9000000/
iPS治療コスト、大幅削減の可能性…コロナワクチンにも使用のmRNA活用
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%EF%BD%89%EF%BD%90%EF%BD%93%E6%B2%BB%E7%99%82%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%88-%E5%A4%A7%E5%B9%85%E5%89%8A%E6%B8%9B%E3%81%AE%E5%8F%AF%E8%83%BD%E6%80%A7-%E3%83%A1%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%EF%BD%92%EF%BD%8E%EF%BD%81%E6%B4%BB%E7%94%A8/ar-AASvHW8
wiki 人工多能性幹細胞
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E5%A4%9A%E8%83%BD%E6%80%A7%E5%B9%B9%E7%B4%B0%E8%83%9E
iPS 細胞の可能性と今後の課題
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/14/8/14_8_8_8/_pdf/-char/ja

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