医療技術の発展により、これまで治らないと思われていた病気が治る病気となりつつある。しかし有史以来「老化」だけは止めることができないと考えられてきた。医学の進歩はこの壁さえも破ろうとしている。
一般に「老化は生きる上で避けて通れない体の変化」と考えられてきた。しかしハーバード大学遺伝学教授のデビット・A・シンクレア博士が「老化は人間の運命ではなく『病気』であり、治すことができる」と自著『LIFESPAN 老いなき世界』の中で仮説を唱え世界的なベストセラーになった。
この中で博士は次のように仮説を展開している。
すべての細胞は一定回数分裂を繰り返すと分裂が停止し自然死(プログラム死)する。これを「アポトーシス」というが、細胞分裂を繰り返しても「アポトーシス」を起こさず、「ゾンビ状態」になる細胞があることが分かってきた。これを老化細胞といい、この老化細胞がさまざまな炎症性サイトカインを放出し、慢性疾患の原因となる「慢性炎症」を起こし「がん化」していく。「アポトーシス」は、細胞が劣化して「がん化」することを防ぐ防御システムで、細胞を細胞死させることで身体全体の老化を防いでいる。
身体には老化しないよう「老化した細胞(老化細胞)」を排除する修復力があるが、「老化」状態とは修復機能が低下している状態であり、修復機能を維持できれば、私たちの身体は理論上「老化しない」ことになるという。
昨年12月10日に科学誌「ネイチャー・エイジング」オンライン版で公開された論文が世界中を駆け巡った。何と「ワクチン注射で老化を防ぐ」という。
【日本医療研究開発機構】プレリリース
老化細胞除去ワクチンの開発に成功―アルツハイマー病などの加齢関連疾患への治療応用の可能性―
そう語るのは研究チームのリーダー、順天堂大学大学院医学研究科循環器内科教授の南野徹氏。研究チームが開発中のワクチンには、老化が早く進み寿命が短い早老症マウスの寿命を延ばす効果が確認されているいう。
ワクチン接種で老化細胞を減らす方法は一般的なワクチン接種と変わらない。老化した細胞の表面にあるスパイクタンパク質(細胞表面にある突起)の「GPNMB」を標的とするワクチンを接種することにより免疫系を鍛え、老化細胞の除去を早めるというもの。未だ仮説の段階ではあるが、「GPNMB」は細胞内で不要になったタンパク質を分解する機能を持っており、「GPNMB」はその働きを維持をサポートしていると考えられており、老化した細胞は不要になったタンパク質の分解機能が低下している。「GPNMB」を鍛えることで細胞内のたんぱく質分解を促進・機能向上させるという。
では老化細胞をすべて無くせば良いかといえばそうでもないようである。確かに老化細胞は炎症性サイトカインを出して「慢性炎症」を引き起こす。老化細胞は人体に悪影響を及ぼしているとはいえ、それをすべて取り除いたらがんが発症しやすくなるなどの副作用があることが分かってきている。最近の論文では、老化した細胞を除去しすぎると臓器の形を保てなくなったり、血管を再生できなかったりする弊害が起きることも分かってきた。
老化細胞そのものを除去するのではなく、老化細胞が出す「炎症物質」をブロックするような治療法を模索すべきだという考え方も生まれおり、老化細胞の数を半分にするだけで効果が出るという。
さらに免疫系に働きかけて「GPNMB」タンパク質を目印に抗体を作らせ、老化細胞を除去できるようにする方法も考えられ、老化細胞を攻撃する抗体自体を直接送りこむ方法(抗体医薬)も考えだされている。
マウスにワクチンを接種する実験を実施し、副作用が少なく、効果が長く持続することが確認されている。人での安全性を確かめる臨床試験の準備をしているが、膨大な研究資金が必要で、まずはスタートアップを作って、VC(ベンチャーキャピタル)に出資してもらい軌道に乗せる予定という。今後5年で結果を出し、10年後にはワクチンを市場に出したいと意気込んでいる。
秦の始皇帝が手に入れようと躍起になった「不老不死」の薬。「不死」は実現できなくても「不老」は手に入る時代がすぐそこまで来ている。
参考
注射するだけで老化の進行を遅らせられる? 順天堂大チームが開発した「老化細胞除去ワクチン」
https://news.yahoo.co.jp/articles/dfa39c844867238883e0897bf25e42f31805539c?page=1
【順天堂大学】老化細胞除去ワクチンを開発し加齢関連疾患の治療に役立てる
https://www.juntendo.ac.jp/branding/report/155/
老化細胞(ゾンビ細胞)の除去、ワクチンで成功
https://project.nikkeibp.co.jp/behealth/atcl/feature/00043/030300009/
「老化は『病気』である」米教授の衝撃仮説…「老化」はなぜ起こるのか?【医師が解説】
https://gentosha-go.com/articles/-/42987?page=2&per_page=1
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