2022年3月2日、英オックスフォード大学の研究チームは、人類のすべての祖先をたどる単一の巨大な系図を構築することに成功したと報道があった。遺伝情報の解析と居住地情報を組み合わせることで、人類史の特徴的な事象や進化の過程をより深く分析できる。さらに真核生物約184万種すべてのゲノム配列情報を解析すれば、種の分化や適応のプロセスの階名につながり、医学や科学に大きな進歩をもたらすと考えられる。
ヒトゲノムの解析は2000年6月にほぼ完了し、先史時代の人々を含め、多くのヒトゲノムデータが生成されている。これらのヒトゲノムデータをもとに、人類の遺伝的多様性の起源をさかのぼって世界中の人々がどのようにつながりあっているのかを示す「全人類の系図」を生成することへの期待が高まっている。
英オックスフォード大学ビッグデータインスティテュート(BDI)らの研究チームは、複数のデータソースからデータを簡単に統合でき、大量のゲノム配列にも対応するよう拡張可能な新たな手法を開発し、人類のすべての祖先をたどる単一の巨大な系図を構築することに成功した。その研究成果は、2022年2月25日、学術雑誌「サイエンス」で発表されている。
A unified genealogy of modern and ancient genomes
https://www.science.org/doi/10.1126/science.abi8264
研究チームは、8つのデータベースから現代人と古代人のヒトゲノムデータを統合した。ここには215の人類集団から計3609個のゲノム配列がまとめられ、うち古代人のヒトゲノムには、ネアンデルタール人のヒトゲノム3つ、約40万年前から約4万年前までシベリアや東アジアで居住していたとされるデニソワ人のヒトゲノム1つ、約4600年前にシベリアで居住していた家族4人のヒトゲノムが含まれている。
遺伝子変異のパターンを明らかにするべく、進化系統樹のどこに共通の祖先が存在するのかをアルゴリズムで予測した結果、約2700万人の祖先がネットワーク化され、2億3100万個の祖先系統がゲノムをさかのぼってつながっていた。
出アフリカやオセアニアへの移入などの人類史の特徴的な事象が正しく再現されていたことで、これまで推定でしかなかった全地球的移動が検証できたと考えられる。
研究論文の共同著者でビッグデータインスティテュートの進化遺伝学者ヤン・ウォン博士は「この系図により、ゲノムのあらゆる点に沿って、すべての人の遺伝子配列が他者とどのように関連しているかをみることができる」と述べ、遺伝医学において遺伝子領域と疾病との関連を解明するうえでも有用ではないかと期待されている。
研究チームでは、今後も入手される遺伝子データを組み込み続けることで、より包括的な系図を構築していく計画だと話している。
地球上のすべての生物は、ほぼ共通の遺伝の仕組み、タンパク質を作成する仕組み、共通の代謝系を持っている。こうしたことから、地球上の全生物は一つの祖先生物から進化してきたと考えられている。
2016年に初めて提案され、2018年11月、英ロンドンで正式に創設された。米カリフォルニア大学デービス校、英イースト・アングリア大学、豪ラ・トローブ大学、日本の国立遺伝学研究所、かずさDNA研究所ら、22カ国44の研究機関が提携し、動物、植物、菌類、原生生物など、既知の真核生物約184万種すべてのゲノムDNAの配列情報を10年かけてカタログ化する「地球バイオゲノムプロジェクト(EBP)」が開始されている。
Why sequence all eukaryotes?
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2115636118
「地球バイオゲノムプロジェクト」は3つのフェーズで構成されている。
1年目~3年目は、真核生物の分類学上の各科の代表種約9400種のゲノム配列を解読
【フェーズ2】
4年目~7年目は、各属の代表種約18万種のゲノム配列を解読
【フェーズ3】
8年目~10年目は、残りの約165万種のゲノム配列を解読
「地球バイオゲノムプロジェクト」は、2022年1月25日付の「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」で2018年11月から2021年2月までの研究成果を発表した。
2021年3月4日時点で既知の真核生物の0.43%にあたる6480種のゲノムのDNA配列情報を公開。フェーズ1の目標を達成するためには1日あたり真核生物9種のゲノム配列の解読が必要だ。現在の技術と研究資金によれば年間約3000種のゲノム配列を解読できると期待され、2021年12月末までにはフェーズ1の対象のうち34%にあたる約3200の科についてゲノム配列の解読が完了したと見込まれる。
この研究については研究論文の中で、「自然生態系のすべての種の分岐を示す全ゲノム配列情報が利用できるようになってはじめて、進化学的・生態学的に重要な問題に取り組める」としている。また、既知の真核生物すべてのゲノムDNAの配列情報のカタログ化は「生態系全体での種分化、適応などのプロセスの解明に役立つ」と説いている。このような解明がすすむことによって、系統学、生態学、環境保全、農業、医療、バイオ産業など、幅広い分野の研究にも役立つと期待されている。
地球上のほとんどの生物は、生命活動の基本となる部分では共通の特徴を持つ。
② タンパク質は共通の20種類のアミノ酸
③ DNAに書かれた遺伝情報を元に、機能分子であるタンパク質をつくる仕組みもほぼ共通
④ 遺伝暗号も一部の例外を除けば基本的には同じ
①~④から、地球上に現存する生物は一つの祖先生物の子孫、または一つの種から進化してきたとも考えられ、この考え方は2010年にNature誌に掲載された理論的な研究においても、全生物共通祖先生物の存在が支持されている。
遡ってヒトゲノム情報の解析や真核生物のゲノム情報の解析が詳しく行われることで、今後のヒトの健康や病気の予防だけでなく、生物の進化の予測や絶滅生物の復活までできるようになるかもしれない。
参考
人類のすべての祖先をたどる単一の巨大な系図を構築することに成功
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2022/03/post-98192.php
既知の真核生物184万種、すべてのゲノムを解読する国際プロジェクトが進行中
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2022/01/post-97895.php
”自分”を発見する鍵はどこ?
https://www.jba.or.jp/top/bioschool/seminar/q-and-a/iden_info/iden1/iden1_01.html
【東京薬科大学】地球上のすべての生物は、一つの共通祖先生物から進化した親戚なのだろうか?
https://www.toyaku.ac.jp/lifescience/departments/applife/knowledge/article-025.html
コメント