乳児の脳と同じように発達するIPS細胞から培養した脳オルガノイド

テクノロジー

スタンフォード大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チームが、IPS細胞から試験管培養した脳細胞が、実際の胎児と同様の速度で成長することを発見した。実験では、20か月にわたって実験室で育てた脳オルガノイドの分析で、人間の脳のように順調に成長したことを確認したという。


研究の要約

この研究は最近始まったものではない。2010年代初めからオルガノイドの研究が急速な進歩を遂げ、2013年にはオーストリア科学アカデミーのマデリーン・ランカスターがヒトの脳の細胞組織の形成を模倣した幹細胞由来の大脳オルガノイドを培養するためのプロトコールを確立した。その後多数の脳オルガノイドに関する研究レポートが発表されているが、これまでの大脳オルガノイドは球形の塊に成長させたものにすぎなかった。今回の研究が特筆するところは、脳オルガノイドを20か月培養したことで250〜300日で出生の頃の脳(早産児)とほぼ同じ成熟状態にあることを確認したとのことだ。研究リーダーのアーロン・ゴードン氏は「培養された脳オルガノイドが、約280日で出生後の成熟レベルに達し、神経伝達物質のシグナリングで知られる生理的変化を含む脳の反応を再現し始めた」と述べている。
これまで実験室で育てられた脳細胞は、胎児の域を超えて発育しないと考えられていたが、今回の研究では早産児の脳に近い電気信号的反応を起こしたことが注目に値する。そして、この研究を進めることで脳が成長を続けられるようになれば、解明が難しかった統合失調症や認知症などの成人発症型疾患の研究にも役立てられるかもしれない。
論文の上席著者ダニエル・ゲッシュウィンド氏は、「成長した脳オルガノイドが正常な人間の発達の多くの側面を再現し、人間の病気を研究するための良いモデルになる」と将来の研究用に期待を述べている。


脳オルガノイドとは

人工的に成長させた脳に似たミニチュア器官。ヒト多能性幹細胞を使用して脳オルガノイドを作成することにより、研究者は神経疾患の発生メカニズムを研究することが出来る。脳オルガノイドは、病気の病理がどのように機能するかを理解するために使用されるツールと考えられている。これまでの脳の研究は人間の脳機能の損傷や障害を研究することでしか分からなかったが、脳オルガノイドを使うことで、脳の領域がどのように働くかを詳しく理解することにつながる。
wiki 脳オルガノイド
https://nipponkaigi.net/wiki/Cerebral_organoid

関連する研究

同様の研究は京都大学ips細胞研究所でも行われており、2019年6月28日には「大脳オルガノイドを用いた同期発火を有する機能的な神経ネットワークの創出と、その評価方法の確立」を米国科学誌「Stem Cell Reports」に投稿している。
大脳オルガノイドを用いた同期発火を有する機能的な神経ネットワークの創出と、その評価方法の確立
https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/190628-000000.html
このほかにも、2020年7月17日には、ヒトES細胞由来の大脳オルガノイドをマウス大脳皮質に移植し、脳血管障害や頭部外傷に対する細胞移植治療の研究も行っている。
大脳オルガノイドからの皮質脊髄路に沿った軸索伸展
https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/200717-000000.html

倫理的課題について

脳オルガノイドの研究は始まったばかりである。IPS細胞から培養した脳オルガノイドが、早産児と同様とはいえ出生後の脳のレベルにまで成長しても、脳そのものを完全に再現しているわけではないという。実験用の脳モデルには意識などは備わらないとのことだが、この先「脳オルガノイド」の成熟度が高まり、人間にしかできない情報処理をこなすようになったとき、それを意識と言えるのだろうか。現状では脳細胞の塊が意識をもっているかどうか、推し量りようもないと考えている。
京都大学ips細胞研究所では「こういった大脳オルガノイド研究に伴う倫理的課題について、哲学者や生命倫理学者だけではなく、科学者も交えて検討していく必要がある」と研究の倫理的課題についても論文を発表している。
培養皿内で作られるヒト多能性幹細胞由来の大脳組織(大脳オルガノイド)を用いた研究の倫理的課題について
https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/190911-000000.html

皆さんはどのようにお考えだろうか。

参考:
IPS細胞から培養の脳オルガノイド、乳児の脳と同じように発達することを確認
https://japanese.engadget.com/lab-grown-brain-organoids-mature-like-infant-brains-035506043.html
細胞から生まれた「ミニ大脳」が、自ら血液をつくれるまでに進化した
https://wired.jp/2018/04/17/mini-brains/
ヒト脳オルガノイド研究をめぐる倫理的課題
http://www.lit.kobe-u.ac.jp/mst/pdf/45th.pdf

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